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人は一人では生きていけません。

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小野田寛郎さんの講演会に行ってきました。

小野田さんは皆さんもご存じかと思いますが、フィリピンで30年もの間、
戦争が終わっていないと思いジャングルの中で戦ってきた日本兵です。

講演内容は以下のとおりです。
【はたして人は一人で生きられるか?】
自分は一人では生きていません。
「30年もジャングルの中で一人で生きてきたじゃないですか」と言われますが、
実際は一人では生きられませんでした。

食べ物も衣服も現地の物を盗みました。
これらはフィリピンの人たちが丹精こめて作ったものです。
銃で牛を打ち7時間かけて山の中に運びました。
でもその牛も放牧していた物。
火をおこす方法もフィリピンの原始的なものを見て学びました。
自分で開発したものではありません。

ありとあらゆる事は、人から親から社会から教わったもので、
決して自分一人で考えた事ではありません。
人間、急に放り出されたら決して一人では生きられないのです。

まだ自分の軍の班と一緒に生活していたある日の事、
自分が導く方向は敵の方角ではないか、
あいつはスパイではないか、と同じ班の部下に疑われた事がありました。
部下に銃を向けられました。
それで自分も思わず銃を相手に向けてしまいました。
が、まずいと思って銃をおろしました

親より大切な仲間、先に銃を向けられたくらいで、
ここで殺しあってどうなると思いました。
また、命は戦争に勝つという目的のためにかけるのだから、とも思いました。

ジャングルから出てきたとき
フィリピン政府からは、向こうの軍人と同等の扱いを受けました。
取り調べどころか捕虜の扱いも受けていません。
社会の一員として扱われたのです。

一人では生きていけないということは、他人の自由権利を認めなければなりません。
自分だけの権利を主張できるものではないのです。


【子供が生きられるように育てるのが親の責任】
この間、ホームで人を突き落とすという事件がありました。
これが人間のすることなのかと思います。
こういうことが毎日のように起こっています。

戦争に負けて従来の考え方が否定され、自由権利ばかり主張され、
責任義務が考えられないようになったと思います。
しかしこれが一番重要なのです。

阿部内閣は、60年ほったらかしにされていた
「育てるということの第一義は親の責任である」という考えをはじめて
教育基本法で明確にしました。
親は、是は是は非は非としっかり伝えなけらばなりません。

ある調査では、子供が正しくお箸を持っているのは
5歳~6歳半児でわずか4パーセントだそうです。
しかしその親の50パーセントは正しいと思っているそうです。
親自体が間違って使っているのでしょうが、
親が正しく使っていてもそれほど関心を持ていない証拠でしょう。

私は17歳の時、”親を勘当”しました。
なぜなら、自分の目標に向かって進みたかったからです。
経済の道に進もうと思いました。
びた一文すねをかじらず家を飛び出しました。
その時の私の親への願いは、「借金を私に残して死ぬなよ」でした(笑)

子供の見つけたものを押してやることが親の責任で、
そういう環境を作ってあげることが大事なのです。

私は今、子供が自分で目標を持って自立できることを願い
「自然塾」というものを立ち上げています。

その自然塾に親が賛同し、入塾してくる子供たちがいるのですが
親が勧めたからしょうがなく来る子供がいます。
そんなとき私ははっきり「帰りなさい」と言います。
自然塾の目標は「自分で決める」ことですから

子供がたくましく育つために自然塾を立ち上げましたが、
今は大人たちに子育ての基本を伝えなければ、根本的な問題は解決しない
ということに気づき、こうして年に何回か全国を回って講演しています。

今の子供たちはほんとうにかわいそうです。
世界中で最も豊かで最も哀れな様子は、
原宿なのどにたむろする子どもたちの姿ではないでしょうか。
彼らは果たして生きられるのでしょうか。


【生きていくためには目標と覚悟と健康が必要】
○目標
フィリピンのジャングルでは、敵の軍事基地にいたので、
1つのところに長く滞在できませんでした。
長くても1か所3日ぐらいです。

雨が降ると泥の上に寝ます。
衣服は干せないので(敵に見つかるから)なかなか乾きません。
体で乾かしました。
そうすると体温下がるので病気になりました。
3日間続く通り雨は、冗談や笑いで気を紛らすしかすべがありませんでした。
「雨が下から降ってきた」って言ってましたね。(笑)

そんな中、「生きて戦わなければならない」という目標があったからこそ、
30年の戦いがささえられました。

○覚悟
こうしなければいけないと思っても、かならず成功するとは限りません。
成功をあてにするとがっかりします。

銃弾は年に50発しか使えませんでした。
弾はないから一発で倒す。必要無ければ撃たない。これが基本でした。
したがって、失敗をすることは大きなダメージでしたが、
仕方のないことでした。

生活の知恵を根本に、「最大の努力をするが必ずしも成功しない」
という覚悟をすることが必要でした。
そういうことを頭において努力することが大事でしたが、やらないと成功もしません。 失敗を恐れてはいけないのです。

○健康
人間は弱い生き物です。
体が調子悪いと思わぬ悪い方向に気持も傾きます。
一晩中眠れない時が続き、精神的にも不安定な時に、班が左右対立しました。 
先ほどお話ししましたが、元気のない時に味方を敵だと思ってしまったのです。
目標を持って生きていくためには健康は第一です。



実際小野田さんは愛国主義・保守主義の活動家で、
従軍慰安婦問題についても日本の責任を否定し、
私には理解できないところが多々あります。
この記事をアップするのもためらいがありました。

しかし、常に厳しい現実・環境の中で生き抜いてきた人、
外から(今はブラジルに住んでいます)日本を見ることのできる人の言葉には
耳を傾けなけらばならないと思っています。

同じ内容の講演の一部はこちら↓






永六輔さんの詩を紹介します。

生きているということは 誰かに借りを作ること
 
 行きてゆくということは その借りを返してゆくこと

 誰かに借りたら 誰かに返そう

 誰かにそうしてもらったように 誰かにそうしてあげよう

 生きてゆくということは 誰かと手をつなぐこと 

 つないだ手のぬくもりを忘れないでいること

 めぐり逢い 愛しあい やがて別れの日

 そのときに悔やまないように

 今日を 明日を生きよう 

 人は一人では生きていけない

 誰も一人では歩いてゆけない



北極圏で暮らすエスキモーの人々には、どんなに寒いときでも
人に会ったときの挨拶として、手袋をとって握手をする習慣があるそうです。

これは、互いの手のぬくもりを確かめ合い、
心の思いを手と手から伝えあっているのでしょう。

反対に、刑務所で囚人が一番恐れる処罰は独房に入れられることだそうです。
長い間ひとりぼっちで閉じこめられていると、
しまいに独り言を言い始め、精神がおかしくなってしまうことは
よくあることだそうです。

日本では1年に三万三千余人が自殺で亡くなっています。
この自殺の背景には、人間関係で孤立し、
一人で問題解決にあたろうとしていた状況があります。
孤立することは状況をどんどん悪化させていきます。

ネットで一緒に自殺する人を募る事件がしばしば起こっています。
人間一人では生きられませんが、死ぬ時も一人では死ねないのですね。


時々、死を宣告された方のブログを拝見することがあります。
なかなかコメントができないのが心苦しいのですが、
その方たちも、一人でその現実を受け止めることが耐えられないことを
確認するかのように記事を書いているように見て取れます。
また、残り少ない時間を有意義に過ごす”目標”を見出しているようにも見えました。



私自身も皆さんとお話ができ、

誰かが自分を見ていてくれていると確認できるから、

ブログをこうして続けられ、張り合いのある日々が送れます。



ほんとうに、いつもありがとうございます。



~感謝~

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